山形県鶴岡市湯田川温泉 理太夫旅館(りだゆう)
湯田川温泉 源泉掛け流しの

理太夫旅館 -ridayu-
ぬくもり やすらぎ いきづき
日本の四季を食と文化でもてなす和心の温泉宿
ご予約・お問い合わせ
電話 0235-35-2888
( 予約対応時間 8:30~21:00 )






湯田川散策

◆ 湯田川温泉小唄
湯田川温泉には昭和6年に作られたご当地ソング「湯田川温泉小唄」がございます。
誰でも歌えて情緒豊かな地元の唄が欲しいと、松田啓治/作詞と太田理太夫/作曲により作られました。
当時の粋な湯田川温泉の姿が窺える歌詞に合わせ、現在の湯田川温泉散策スポットをご紹介します


- 若女将のガイドウォーク -
宿泊のお帰りにお散歩を楽しみたいというお客様へ、ご希望があれば若女将のガイドで、湯田川の見所、四季の風景、裏道さんぽ、などお好みのコースでご案内いたします。
正面湯(源泉)
ハァ~
手負い白鷺 葦間に降りて 出湯に湯浴し いい伝え いい伝え
(湯田川ヨイヨイ ヨイトコセ)
和銅5年(約1300年前)傷を負った白鷺が葦原に降り、沸き出る湯で湯浴みしていたと云われています。湯の守り神「由豆佐売神社」の正面に位置しており、湯上がりには出湯の感謝と無病息災を願い神社に一礼をする風習があります
足湯(平成18年完成)


夢の湯の里 錦で織られ 仇な年増の 厚化粧 厚化粧

湯田川温泉は城下町から一番近い唯一の温泉場であったことから鶴岡の奥座敷と呼ばれてきました。古くから湯治場として栄える一方、湯田川には遊郭も多く存在した歴史があります。昭和初期の温泉街では弦歌さんざめく時代だったと記されております。
軒の松(甚内旅館)


蛇の目うつろう 絹糸の街に うすれにおうよ 軒の松 軒の松

各旅館の庭先には「客を待つ」ということから何れも競って松を植え、温泉街は松の木ロードの風景だったそうです。
時代とともに設備の拡張や駐車場の確保、また老木による伐採でその面影も消えつつあります。
梅林公園(東屋の眺望)


雪が降りや降りや スキーが踊る 恋し馬場山 乙女肌 乙女肌

馬場山を眺望できる梅林公園の東屋からは鳥海山も一望できます。
梅林公園は竹林に囲まれ、紅梅・白梅・ぼたん・桃・萩など四季折々の花が咲き散策が楽しめます。
春の梅まつりでは女将の野点や湯田川神楽の演舞が催され湯田川らしさのなか観梅が楽しめます。

ほたるの里(御殿山)


蛍追う娘の 袖ひるがえり うつる水瀬に 星がとぶ 星がとぶ

その昔、湯尻川や藤沢川は蛍の宝庫で日暮れから夜にかけて蛍狩りで賑わっていました。
現在では生息が減少するなか環境保全によって、6
月中旬から約一ヶ月の間ほたる鑑賞が楽しめます。
宿から徒歩5分、浴衣のまま「ほたるの里」まで夕涼みをしながら散策ください。

堤(鑑賞池)


田川の堤で 鯉釣る主の すわる釣竿 ゑびす顔 ゑびす顔
※「すわる」とは「しなる」の方言
明治40年に防火用水の貯水池として造られた時、単純な水溜では能がないので鯉を飼育し秋に鯉釣大会を催して近隣の町村から大勢の釣客が集い賑わいをみせました。
今は錦鯉が多く泳ぎエサやり場が造られ、貯水池でありながら鑑賞池として親しまれる場所です。

どんぐり山(樹木園)


鹿の鳴く音に 栗の実笑みて 宿の裏山 きのこ狩り きのこ狩り

大正13年に金華山から鹿二頭を譲り受け神鹿として飼育されていました。
しばらくは鹿が丘公園と名を残しましたが鹿の飼育を知らない子供達の間で、どんぐりが拾える「どんぐり山」と呼ぶようになり、いつしか「どんぐり山」の通称が定着しました。

桜(樹木園遊歩道)


桜咲く咲く 湯気立ちかすむ 田川の湯の街 花模様 花模様

大正天皇の御大典記念に植えられた桜と、大正の文字に植えた白つつじが花模様を浮かべて咲き誇っていたそうです。
当時の桜も白つつじも残っていませんが、遊歩道添いに植え替えた桜が春の散策を楽しませてくれます。梅林公園も含め花景色が望める湯田川温泉です。

諏訪神社(樹木園)


月のあかりに諏訪様詣り 好きなあなたと 添いたさに 添いたさに

狩猟や漁業を守護する神社として崇拝を受ける山の神様です。
樹木園の見晴台になっており四季折々に移り変る田園風景が望めます。
今でも外灯はなく月の明るさと星の光に夜空を見上げることでしょう。

岩清水(ほたるの里)


浴衣汗ばむ 真夏の頃も 岩間流るる 岩清水 岩清水

岩間から清水が流れ夏でも涼しげな場所です。
平家蛍が生息し御殿山の「ほたるの里」とともに、蛍鑑賞が楽しめる場所となっています。
道路沿いから奥へと外灯は無く、山裾を歩き岩清水までの蛍鑑賞はもっとも幻想的な風景ではないでしょうか。

一本松


誰が名づけた 一本松 女男抱き合う 二本松 二本松

昭和の初期までは鶴岡街道を覆いかぶさるように二本の松がありました。
枝振りの良い松の大木で二本ある松の周辺地区を何故か一本松と呼んでいたそうです。
しかし一本の松は枯れ名実共に一本松となり、平成の今日では宅地開拓により伐採され名ばかり残る一本松です。

金峯山(登山口)


金峯しぐれりや 振り袖可愛い 粋な殿御の 袖ぬらす 袖ぬらす

金峯山の麓に傑堂能勝が建立した洞春院がある
大和の国大峯山を模したと言われています。
登山道は有志の協力により毎年手入れがされています。


藤沢周平先生縁の地
時代小説の第一人者である直木賞作家の藤沢周平。
山形の師範学校卒業後に教師になり湯田川中学校に赴任しました。背広を持たない彼は詰襟の学生服で生家(高坂)から自転車で通っていたといいます。
記念碑(元湯田川小学校跡地)


学校時代の教え子が中心となり教科書をモチーフとした記念碑が建立されました。
当時の湯田川中学校は湯田川小学校と同居しており、湯田川小学校の敷地に石碑が建てられましたが、湯田川小学校も閉校となり学び舎の跡地に石碑が残されております。

由豆佐売神社


出湯の守り神であり、延喜式神名帳にも登載された格式高い神社です。
境内には樹齢1000年を超える天然記念物の乳イチョウがあり母乳の出が良くなるようにと参拝されていた神木です。
同じ境内では藤沢周平著作の映画「たそがれ清兵衛」のロケ地になりました。
湯田川住民がエキストラで参加した記念のパネルがございます。

新微組墓地
清河八郎が率いた浪士組であったが、目的は尊皇攘夷と明らかにした。
浪士組は新微組と名を改め清河が暗殺された後に庄内藩預かりとなります。
一方、京に残った浪士組みの一派が新撰組です。
新微組が在住中に没した隊士及びその家族200名の慰霊が眠っています。
清河八郎を描いた藤沢周平著作「回天の門」

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